おはようございます!
魔太郎Gちゃんです。
魔太郎は休日の夕方はウォーキングに出かけます。自宅そばの 平和台公園 です。ここは宮崎市の観光スポットのひとつ。今は観光客はほとんどいませんが、観光バスが立ち寄るところなのです。
今回は第一展望台までが目標。眺めがいいのですがここにたどり着くまでにおよそ 240段の階段 があります。足腰の運動になると考えて頑張って登ります。
するとね階段入口に歩道の工事をする 看板 がありました。その看板をなにげなく眺めていたら昔のことを思い出して・・・
看板とはこれ
わざわざ工事現場が 週休二日制 を実施しているという看板が気になったのです。
それはね・・・
魔太郎が社会人になったのは38年前、昭和58年です。農業協同組合( J A )でした。最初の配属は金融課。貯金集めの外回りから始めて、そのあと貯金の窓口係も経験しましたよ。当時は男性の貯金窓口係は珍しい存在でしたね。
まだ魔太郎の頭に 髪の毛がふさふさ あった頃です(笑)
なぜ週休二日制の文字が気になったかというと、当時のほとんどの職場は土曜日は 半ドン といってお昼までの仕事が普通だったのです。「半ドン」なんて今では死語でしょうね。
3歳年下の古女房も同じように別の窓口で貯金係をしていたので、いつから週休二日制になったか聞いてみました。
古女房はけっこう昔のことを覚えているタイプなのです。魔太郎の昔のこともしっかり覚えていて、たまに チクリチクリ といじめられます。
おっと脱線しました。大丈夫、いつものことです(笑)
古女房によると土曜日の半ドンは、次に月2回隔週で休みになったとのこと。たしか第2第4土曜日が休みに。それからしばらくして 完全週休二日制 になったとのことでした。
よみがえる過去の記憶とは
工事現場がわざわざ 週休二日制 の看板を出している意味を考えました。おそらく最近まで週休二日制ではなかったということでしょう。
実は魔太郎は途中で転職をいくつか経験しました。中小企業でしたから労働条件の厳しいところばかりです。おまけにサービス業ともなれば連休をとることさえなかなかできない状態。
働く側も法律のことは勉強してませんから、これが当たり前と諦めていたところもあります。もっとも法律のことを会社に話しても、クビ になるだけの時代でもありましたね。子どもたちが思春期のころは働き詰めで、ふたりの息子たちと古女房には申し訳なかったと思います。
工事現場が週休二日制の看板を出していることは、少子高齢化になって労働力の不足から労働条件の厳しいところは求人が来ない背景もあるでしょう。
でもね、正社員ならともかく非正規やパートやアルバイトの待遇は、まだまだ厳しいと思います。
みんなが働きやすい、生きやすい社会になりたいものですね。
ウォーキングの途中で見つけた看板に過去の記憶がよみがえる!まとめ


あらあら今回は愚痴っぽくなりましたね。
魔太郎の職場は60歳過ぎの男性ばかりのところです。1年更新のシフト制の嘱託契約。65歳で定年です。よく定年後の話になります。
年金額が少ないし暇を持て余すので働きたいということになります。でもね週3日ぐらいでラクに働くところがいいねなんて話になります。でもみんなそんな都合のいい職場はないとわかってはいるのですが。
ただ話を聞いていて感じるのは、魔太郎も含めて老後の生き方を真剣に考えていないということ。なんとなくです。
でもね、いまでも休日に自宅にいると奥さんと ギクシャク してしまうと悩みを話す同僚も多いです。定年後はなおさらですよね。
さあどうしましょう
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
では、またね!!
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